大学に行く意味はあるか?学校で得られるのは学力ではなく『学歴』である。

大学の意義

未来に備えなさい。今のニーズに応えられるからといって10年後も通用するとは限らない。

- トーマス・J・ワトソン -
     (IBM創業者)

どうも、ようやく独身貴族にさよならを告げたヒデです。

昨今、世間では『大学に通うこと』の是非について論争が繰り広げられています。

もちろん、色んな意見があるのは分かるし、行く行かないは当人の自由なので、どうぞご勝手にって感じなんですが・・・。

もしも自分に子どもが出来たとき、

「日本の大学にはあまり行かせたくない!」

というのが正直なところ。

なぜなら、大学なんて単なる学位発行所。国から認可された『学位発行の独占機関』くらいの認識しかないからです。

人によって有益な場合もあるでしょうが、社会にとってはムダ以外の何物でもないと思うんですよね。

だったら、

「100万円あげるから、あとは自分で稼いで世界中旅してこい!」

と、子どもにアドバイスしたほうが勉強になるし、よっぽど意味があるんじゃないかなぁと思っています。

今回はその辺りの真相について綴ります。

ヒデ
これを読んでいる方は、恐らく今まで10年以上学校教育を受けてきたと思う。その経験を照らし合わせながら、僕の主張を冷静に聞いてくれれば「確かに一理ある!」と納得してもらえるはずです。

大学の存在意義はもはやない

学校=工場労働者の養成所

大半の教師の立場からすると、理想の学生とは行儀がよく、攻撃的でなく、素直で、我慢強く、几帳面で、教師を喜ばせそうな反応が本能的にわかるという意味で共感力の高い学生なのである。

- リチャード・ポズナー -
    (法学者)

そもそも論、現在の教育システムは『工場労働者』を作る目的で成立したもの。

政府や企業にとって、都合の良い人間。つまり、従順な”イエスマン”を量産するための仕組みに過ぎないわけです。

ヒデ
実際に、世界中のソートリーダー(思想的リーダー)達も、現代の教育制度が産業化時代に、主に工場労働者を量産するために設計されたものであることに同意しています。

でも、今後その学校でいくら学んでも国内に『いい会社(=工場)』は存在しないんですよね。

一昔前までは、「いい学校に入って、いい会社に就職する」ことがあたかも人生の成功のように喧伝されていた時期もありましたが、もはやその工場すらない。

なぜなら、産業構造の主体が製造業から流通・サービス業、そしてIT産業へと急速に移り変わっているからです。

つまり、『技術を開発して磨く→モノを作る→売る』みたいなやり方は完全に時代遅れ。少なくとも、日本国内ではもう成り立ちません。

以下の写真を見れば一目瞭然ですが、単純にモノが必要なくなったのです。

家電業界の衰退

現在、家電をはじめとした日本の製造業は完全に衰退期を迎えています。

たった30年でこれだけのモノが要らなくなり、残念ながら「もっとモノを作ってくれ!」「工場を増やしてくれ!」という時代の要請もない。

だから、こんなにたくさん学校はいらないんですよ。

当然ですが、『学校』だけあっても、肝心の受け皿である『工場』が無くなってしまえば全く意味がないので。

工場労働者になりたいなら話は別ですが、そうじゃないのであれば大学の存在意義はほとんどないんじゃないかなぁと思います。

ヒデ
今の日本のように、例えば国が補助金を出して「どんどんモノを作りなさい!」「設備投資しなさい!」「雇用を生みなさい!」とやっていれば一時的にGDPは増えるかもしれないですよ。だけど、その結果国の財政は悪化するので、長期的にみればマイナスに振れるのは避けられないわけです。

 

単純作業は不要

もっと言えば、工場労働者のような『単純労働』はもはや人間が行う必要がなくなりました。

アマゾンが物流業務のロボット化を進めていることはわりと有名な話ですが、昔は複雑労働だったものが、今やテクノロジーの進歩によって単純労働の域に分類されてしまう。

つまり、単純労働の幅がどんどんと広がりつつあるわけです。

例えば、現在プログラマーやエンジニアは高度専門職とみなされ、若者に人気の職業の一つになっています。

現状、多くの人が作れない複雑なシステムを開発すれば、高い値段で買ってもらうことも可能でしょう。

しかし、世界的にみれば一番人が余っている分野であり、将来最も賃金が下がる職業になってしまう可能性が高いのです。

さすがに数年先、突然賃金が半分になったり、一斉にリストラになったりすることはあり得ませんが、ヤバいと気づいた時にはだいたい手遅れ。早めに対策を立てておく必要があると思っています。

ヒデ
インドやロシアや中国には、頭のおかしな天才がいっぱいいますので(笑)。彼らが日本人の10分の1のコスト、かつ半分の時間で作るシステムには到底敵わないですよ。

経済学の世界ではわりと常識ですが、グローバル化が進めば進むほど、モノの価格は『一物一価』になっていくわけですから、理屈上は世界の最低賃金まで落ちていくことになります。

そういう意味でも、最も競争が激しくなるのがこの業界です。

ちょっと話が逸れましたが、もし将来プログラマーとして生計を立てる気なら、このへんの事情も多少は頭に入れておいたほうが良いんじゃないかなぁと思います。

 

勉強しない日本人

日本の学生と比べると、中国人やインド人は死ぬほど勉強しています。

これは知人から聞いた話ですが、北京大学ではほぼほぼ全学生が大学寮に入居する決まりになっており、その寮は消灯時間の夜11時になると部屋が真っ暗になるそうです。

すると、学生達がわらわらと寮から外に出ていき、外灯の下でずーっと立ちながら本を読んでいると聞きました。

英語の朗読をしている人もいれば、哲学書を読んでいる人もいる。あるいは、色んな研究や専門の本を読んでいる人もいる。

しかも、それを彼らは朝5〜6時頃まで毎日続けているのです。

この現状に鑑みても、毎日やれ合コンだ、やれサークルだと遊びまくっている日本の学生が相手になるわけがありません。

ちなみに、ユニクロや楽天、パナソニックなどが積極的に外国人を採用していることは有名な話ですが、それは単純に外国人のほうが安くて優秀だからです。

他にも、ローソン・KDDI・NECなど外国人比率が新卒全体の10%を超える企業も珍しくなくなりました。

一方、日本人は給与水準が高いくせに、労働条件にはすぐケチをつける。しかも、大学4年間遊んでばかりいるから使えない。

企業からすれば、日本人を雇っても何も良いことないんですよ。

ヒデ
今はさほど目立っていませんが、水面下では就職活動における”グローバル化”も確実に広がりつつあると感じます。

大学に行かなくても勉強はできる

大学勉強

日本教育の問題

先述した通り、日本の学校教育はもはや時代に適しません。

ぶっちゃけて言えば、日本の学校制度は、学生の将来より現在の教員の雇用のために運営されている側面が大きいのです。

この問題には、文科相の役人も現場の先生もみんな薄っすらと気づいているんだけど、誰も変えようとはしない。

何して良いか分からないし、どうして良いか分からないから、

「とりあえず現状維持で!」

みたいな感じになっているわけです。

ヒデ
学校なんてもっと少なくしていいから、統廃合をどんどんと進めるような政策を取って欲しいですね。まぁ、『日教組(日本教職員組合)』を中心に、教員の雇用を守るために教育の自由化にはみんな反対するでしょうけど^^;

当然、教育を自由化したら潰れる学校がいっぱい出てきます。

すると、そこで働いている職員たちは再就職先がありません。だから、変化に対して頑なに抵抗するんです。

もちろん、優秀な先生であれば行く所はたくさんありますが、大半の先生は使えないので単純労働者になるしかない。

それが嫌だから反対するわけです。

断言しますが、教員のほとんどは現代の仕事の現場を全く知りません。必修科目も、実社会のニーズとあまりにかけ離れています。

そういう意味でも、学校での勉強はこれからの世界を生き抜く力と無関係であることは明らか。

研究施設として大学の一部を残すことに価値はあると思いますが、もはや教育機関としては崩壊していると言っても過言ではないのです。

教育機関として残すなら、ちゃんと教育機関にしたら良いのにと思うんですけど、中々難しいんじゃないでしょうかね。

 

大学に行くメリット

ちなみに、僕は一応大学を卒業しましたが、在学中はわりと楽しめたほうだと思います。

別に授業云々よりも、大学には『本がいっぱいある』という意味で楽しかったです。

とはいえ、何か研究をするために大学は利用価値があるけれど、しかしながらそれに”年間100万”はちょっと高いなぁと今更ながら思います。

だって、本なんて図書館に行けば読めるし、欲しけりゃ自分で買えばいい。

自分で買えばいつでも読めるし、自由に書き込めるし、それこそ『カ-153』みたいな変なシールも貼られてないし(笑)。

何も気にせず、綺麗な状態で保管しておけますので。

もちろん、高卒者は中卒者より給与が高く、大卒者は高卒者より給与が高いというデータもありますが、日本の企業が軒並みダメになっている現状をみれば、そこにしがみつく理由はもはやない。

こちらの記事でも触れましたが、むしろこれからの時代は会社名や肩書や地位などを全て取っ払ったとき、自分の売りがなくなるようでは危ういのです。

影響力の武器

『個性』がお金に換わる時代 – 信用経済の生き方

2020年5月31日

 

独学のすゝめ

学問をやりたければ、もはや自分でできる時代です。

理屈のみで作られた数学や物理に関しては、大学に通い一から基礎を積み上げていかなければいけないので、今の所まだ行く必要性を感じますが・・・。

それ以外の教科は、1人でも勉強ができます。むしろ、独学でサクサクと進めちゃったほうが明らかに効率的です。

例えば、僕の大好きな生物学なんて、高校の知識で大学院レベルの教科書も読めちゃうので、自分で書籍や参考書を買えば全然いけます。

そもそも、数学や物理以外の科目はだいたい”論理の飛躍”。生物の神秘なんて誰にも分からないし、現状理屈で埋められないわけですから、若干事情が違うんですよね。

特に、これからの時代を生き抜く力を身につけたいのであれば、大学は行くだけムダ。単なる機会損失だと思います。

時代が変われば、求められる人材も変わる

グローバリズム

次世代の教育

先述した通り、自分の子どもには、若いうちからどんどん海外に出ていって欲しいなぁと思ってます。

海外に住むのも良し、向こうの学校に通うのも良し、インド辺りをふらふらと放浪するのも良し。

とにかく、これからの時代を生き抜くためには、

「世界の水準はどこにあるのか?」

「どのように世界は動いているのか?」

を知ることが重要です。

何をやるにせよ、グローバルな視点がないとそもそも話にならない。そういう意味でも、海外に身を置き、肌感覚で世界を知り、日本を外から見る経験は決してムダにはなりません。

しょーもない大学に通う四年間と数百万円の学費があるんだったら、世界中どこでも行ったほうが勉強になるし、よっぽど意味があると思います。

ヒデ
大切な我が子を海外に行かせることで、それが果たして良い変化になるかどうかは分からない(笑)。でも帰ってきたときには、間違いなく別人になっているはずです。

 

グローバルに考えて、ローカルに行動せよ

逆説的かもしれませんが、グローバリズムの中で成功しているのは、強烈なアイデンティティがある人や企業です。家族、自分の故郷、国というルーツを持ち、それが力の源泉になります。

- カルロス・ゴーン -
 (元・日産自動車CEO)

平たく言えば、

「グローバルに考えて、ローカルに行動しなさい」

という意味です。

特に、日本は内需大国。GDPのうち外需が約15%、内需が約85%くらいあるんですよね。

だから、必ずしも世界に出て何かをやらなければいけないわけではなく、国内だけでやっていくのも全然ありだと思います。

ただ、グローバルにものを考えることができないと、結局内需でも上手く行かない。日本しか知らない人は、日本向けのものも作れない。

そういう時代になっていくということです。

そして、必ずしも国や家族や故郷に依存する必要はないけれど、何かしらの確固たるルーツがある企業や人が成功していく時代なのです。

さらに言えば、これからの景気回復は『ジョブレスリカバリー(雇用なき景気回復)』。

マクロ的にみれば、経済はいつか回復するでしょうが、それは決して元に戻るという単純な話ではありません。

【ジョブレスリカバリー】
景気が回復しても雇用の拡大がなかなか伴わない状態のこと。

特に、これまで日本経済をけん引してきた『製造業』は莫大な雇用を生んでいるので、それがいよいよ厳しくなれば大量の失業者が出る可能性は高いでしょう。

しかも、テクノロジーの進歩により、雇用を伴わないような仕組みが今の主流になりつつあります。

良くも悪くも、新しい世界がそこに開けてくるわけです。

一生懸命勉強して、いい学校に入って、いい会社に就職すれば幸せが待っている。

だけど、いい会社が潰れたときにどうすればいいのかなんて、学校の先生は教えてくれません。

厳しいようですが、これが現実なのです。

ヒデ
この現状をしっかりと子どもに伝えたうえで、最低限どうすべきかってことをちゃんと答えられるような親にはなりたいなぁと思いますね。

最後に

教育とは、世界を変える最も強力な武器である。

- ネルソン・マンデラ -
(元・南アフリカの大統領)

今回は、自分が親になったつもりで『大学に通うこと』の是非について考えてみました。

もちろん、子どもの意思を尊重することが第一ではありますが、彼らが大人になったとき出来るだけ多くの選択肢を与えてあげたいなぁとは思うんですよ。

ヒデ
あ、ここだけは勘違いしないで欲しいのですが、別にハーバードでMBAを取れって話じゃないですからね。

一般的には、アメリカでMBAを取った優秀な人が帰ってきて、潰れかけの日本企業を立て直すみたいなストーリーを思い浮かべがちなんだけど、むしろMBAとかは全然使えなくて・・・。

それよりも、

「インドに行って3年間で2回くらい死にかけました!」

みたいな変な奴(笑)。

そういうブッ飛んだ奴が、日本の良さと海外での体験をくっつけて全く新しい価値を生み出し、それで社会や企業を救っていくようなストーリーのほうが現実的なんじゃないかなぁと思っています。

当ブログでも再三伝えていますが、重要なのは『価値創造』。

価値とは、会社の売上や販売台数、あるいはどれだけ雇用を生んだとか、税金をどれだけ収めてるとか、そんな話ではなく『社会的な影響度』のことです。

影響力の武器

『個性』がお金に換わる時代 – 信用経済の生き方

2020年5月31日

つまり、あるモノを作って、それを世界にポーンっと放り込んだときに、どれだけのインパクトを社会に与えることができたのかってことが非常に問われてくる時代なのです。

ぜひ、皆さんもこのような基準で、物事を判断してみてはいかがでしょうか。

以上、最後まで読んでくれてありがとうございました。

大学の意義

ABOUTこの記事をかいた人

矢島秀人(ヒデ)

現代社会のあり方に疑問を感じて、最強のフリーターを志す。東日本大震災を機に自立を決意、独自の手法「ブッダ∞アフィリエイト」を実践、2011年起業。現在は海の町で暮らしながら、主にネットビジネス・企業コンサル・FX投資などを行い、個人ビジネスの究極形を追求している。波乗りと旅と平和が好き。