人生が変わる!コミュニケーション能力を劇的に高める極意とは?

コミュニケーション能力の向上

どうも、矢島ヒデです。

本日は、コミュニケーション論について考察していきます。

コミュニケーションと言うと、一般的には心理テクニック(NLPなど)や会話術、セールステクニックのような類のものを期待する人も多いかもしれませんが、今回そのような話は一切出てきません。

安易なノウハウやテクニック論を学びたい方は、巷の書籍を読んでもらうなり、意識高い系のセミナーに参加してもらうなり、YouTubeでメンタリストDaiGoさんの動画を視聴するなりしてくれれば事足りるはずです。

わざわざ僕が話す必要もないし、各々好き勝手に学んでくれればいいんじゃないでしょうか。

そういった俗っぽい話は置いといて、今回は著者の実際の体験談を踏まえて、本当に役立つコミュニケーションの本質”について綴っていきます。

ヒデ
決して大げさな話ではなく、コミュ力を高めればマジで人生変わります。ぜひ最後までじっくりとお読みください。

コミュニケーションとは何か?

コミュニケーションとは

大前提の話

まずは、コミュニケーションの辞書的な意味について調べてみました。

社会生活を営む人間の間で行われる知覚・感情・思考の伝達。

出典:Wikipedia

コミュニケーションとは、「社会生活を営む人間の間で行われる」と書いてある通り、当然1人で行なうことはできません。

では、ただ複数の人間がバラバラと存在すればコミュニーケーションが成立するのかと問われれば、それも違いますよね。

大勢の人がいた所で、知覚・感情・思考の伝達は行われないので、その状態ではコミュニケーションが行わているとは言えないからです。

つまり、我々は他者と然るべき『関係』が築かれて初めてコミュニケーションを取ることができると言えます。

 

然るべき『関係』とは何か?

ここで問題になるのは、

「然るべき”関係”とは何か?」

ということ。

例えば、言葉が通じれば関係なのか、それとも言葉が通じなくても関係なのか、はたまた全く別のところに関係を定義するものがあるのかどうか等など・・・。

さまざまな定義の仕方はあると思いますが、一旦ここでは以下のように定義しておきます。

【然るべき”関係”とは?】
相手とコミュニケーションが取れている状態であり、それは『相手に対する興味・関心』からスタートする。

逆を言えば、相手に対して興味も関心もない場合、どんなに会話が長く続いたとしても、仮に商談が上手く成立したとしても、それをコミュニケーションとは呼ばないということです。

ただバラバラの2人が、バラバラのまま何かをしただけ。それでは、コミュニケーションが成立しているとは言えません。

ヒデ
もちろん、この興味・関心の中には、個人的な『好き嫌い』も含まれますよ。

別に、相手のことが『嫌い』でも構いません。嫌いな場合、相手とは”関係を持ちたくない”という関係を築くわけですから、決して好きである必要はないわけです。

ただ、

「好きでもないし、嫌いでもない!」

「てか、そもそもアンタに興味ないし!」

という状態の人とは、本質的な意味でコミュニケーションを取ることはできませんよね。

まずは、この前提をしっかりと抑えておいてください。

現代人の特徴とその社会的背景

コミュニケーション能力を高める

先述した通り、人間は1人ぼっちでコミュニケーションを取ることはできません。

社会とは、人と人との関係の総体であることからも分かるとおり、我々は『他者』と出会った時に何らかのコミュニケーションが起こると言えます。

つまり、コミュ力を高めるためには、現代の人々がどのような特徴を持っているのかをある程度抑えておく必要があるわけです。

ここでは、現代人の持つ特徴とその社会的背景について考察していきます。

 

①人間は孤独な生き物

人は生まれながら、孤独なのだ。

- アルベルト・アインシュタイン -
          (物理学者)

人間とは、本質的に『孤独』な生き物です。

本質的とは、”生まれながらに”という意味であり、我々は『個』として生まれてくる以上、一生孤独から逃れることはできません。

自分の意思とは関係なくこの世に生まれてきて、自分の意思とは関係なく死んでいく。

そのような状況の中、1人ぼっちで何かを頑張らなきゃいけない。それが人間の性なんですよね。

これは、自覚的・無自覚的かどうかは問いません。孤独感とはあくまで潜在的なものであり、無自覚な場合も往々にしてあるからです。

例えば、

「俺、今寂しいなぁ」

「1人ぼっちでしんどいなぁ」

とか、別に思ってなくても構いません。

全く寂しい気がしなくても、人間は生まれながらに孤独な存在であるからです。

そして、その孤独は、我々が生きていくにあたって『不安』という感情を生み出し、それは生きる勇気や気力を奪っていきます。

ゆえに人は群がり、孤独感を紛らわそうとするわけです。

これを『社会的動物』なんて言ったりもしますが、平たく言えば人間は社会を作る動物であり、独りで生きていけるほど強い生き物ではないということ。

だから、人は不安の根源である孤独を解消するために、誰かと繋がりたいと本能的に求めるようになるです。

しかし先述した通り、人間は本質的(=生まれながら)に孤独な存在なので、いくらワラワラと人が群がったところでその孤独感が解消されることは決してありません。

仲間を集めたら孤独感は紛れると思った、だけど全く紛れない。むしろ、周りの人たちが何を考えているのか分からないし、ちょっとした揉め事などで余計に虚しくなって、孤独感がどんどんと深まっていく。

そして、最終的にはドツボにハマる(汗)。

程度の差こそあれ、このような負のスパイラルに陥っているのが我々現代人の特徴だといえます。

昨今、海外のメディアでは「孤独は現代の伝染病である」「早急に対策を考えなければいけない」といった報道が連日なされており、イギリスでは2018年、世界で初めて『孤独問題担当大臣』が任命されました。

それほどまでに、世界の国々は孤独の問題に対する危機感を持っているのです。

今、『孤独』は世界で最も注目されているドレンドワードの1つだと言っても過言ではありません。

幸せの定義

【幸福論3.0】人間はいかにして本当の幸せを得られるのか?

2020年6月30日

 

②ナルシシズムの助長

孤独が深まると、人間はどうなるのか?

結論から言うと、孤独感は人間の他者に対する興味を削ぐようになります。

パッと聞くと、先述した話と矛盾しているように思われるかもしれません。

つまり、

「孤独で寂しいから群れるのであれば、他者に興味が向いているじゃないか!」

・・・と。

しかし、それは全くの逆。本質的に他者に興味は向いていないのです。

極論すれば、自分の孤独感の解消にのみ目が向けられ、そのために他者を利用しようという視点にはなるけれど、それは決して他者そのものに対して興味が向いているわけではありません。

なぜなら、孤独によってどんどんと不安や恐怖心が強くなり、自分にしか興味が向かなくなってくるからです。

そして、このように自分にしか興味が向かない人達のことを『ナルシスト』と呼ぶわけです。

ナルシストとは、自惚れや自己愛が強い人を指し、一言で言えば自分しか愛せない人たち、自分にしか興味が持てない人たちのことを言います。

そして、そのような人達で溢れかえっているのが現代なのです。

ナルシスト傾向の強い人は、外界の捉え方に分かりやすい特徴があります。

それが以下の3パターンです。

1.自分にとって有益か
2.自分にとって無益か
3.自分にとって有害か

彼らは、このいずれかのパターンでしか世界を認識することができません。

自分にとって有益であれば関係を維持しようという風に思うし、自分にとって無益であれば興味を持たないし、自分にとって有害だと判断すれば距離を置こうとする。

非常に分かりやすいっちゃ分かりやすいですよね。

また、ナルシスト傾向の強い人は、自分にしか興味が持てないので、自分を測る物差しと他人を測る物差しが大きく異なっているケースが多いです。

自分に甘く、他人に厳しい。あるいは、自分に厳しく、他人に甘いという場合もあるかもしれません。

いずれにせよ、同じ尺度で自分と他人を測ることができない人達、つまり世界と上手に関係を作れない人達のことです。

そして、このような特徴を持った人々が、孤独からどんどんと生まれてくるのが現代社会の傾向だと言えます。

 

③利己主義の助長

ナルシストと利己主義は、一見するとよく似ています。

しかし、その本質は全く異なります。両者は、自分のために常に何かを考えているという点において共通しているものの、ベクトルとしては真逆です。

まずナルシストとは、自分『のみ』を愛しているわけですから、他者もしくは外界に対して自分を愛する方法として興味を持っています。

何はさておき、自分を愛している。そして、自分だけを愛する方法として、初めて外の世界に興味が出てくるのが彼らの特徴です。

それに対して、利己主義は、自分を愛せず、不足ばかり感じ、その不足を補うために他者や外界に興味を持っています。

つまり、「あれも欲しい」「これも欲しい」「自分はまだ不完全だ」「これじゃ足りない」「あれも足りない」と言って、色んな所から色んなモノを奪ってこようとする。それが利己主義者です。

さらに言えば、自己愛は孤独というものを助長するような社会が育んでいる面があるのに対し、利己主義はどちらかと言えば資本主義的な社会制度自体が助長している傾向が強いとも言えます。

で、典型的な現代人とは、この両者が混ざり合ったものです。

利己主義的でもあり、自己愛に溺れている人でもあり、二重の意味で外との関係が作れない人たち。自分しか愛せない、自分にしか興味が持てない、その一方で不足を補うために周りから何かを奪おうとしている。

ヒデ
もちろん、大なり小なり程度の差はありますよ。だけど、全体の傾向としては概ね間違えてはいないはずです。

このような真逆のベクトルが混在していれば、当然苦しみます。

だから日本で言えば、自殺者数は年々増えていくし、他の先進国でもバラツキはあるものの増加傾向にあるわけです。

そのような時代において、我々はどのように他者とコミュニケーションを取っていけばいいのか。

それを細かく説明しようと思ったら、何万文字書いても足りなくなるので、今回は非常に重要な土台の部分に絞って、できるだけシンプルにお伝えしていきたいと思います。

コミュニケーションの基本原則

コミュニケーションの基本

基本は相手本位

ヒデ
さて、ようやく5,000文字近く書いて本題に入っていくわけですが^^;
前半部分で言及した現代人の特徴を踏まえたうえで、具体的なコミュニケーションの方法について考えてみたいと思います。

まずは、当たり前の話ですが『相手本位』であるということ。

そこが全てのコミュニケーションの始まりとなります。

つまり、

「私の話を聞いて!」

私の気持ちを分かって!」

という相手のニーズを十分に満たしてあげる必要があるわけです。

先述した通り、程度の差こそあれ、基本的に『自己愛』と『利己主義』に侵されているのが我々人間の特徴です。

そのような人たちとコミュニケーションを取ろうと思ったら、まずは相手の声に耳を傾けなければ、そもそも会話が成り立ちません。

これは対面だろうが、電話だろうが、メールだろうが、他者とコミュニケートを取る媒体であれば全て一緒です。

「私の話を聞いてくれ!」というニーズにどれだけ気づいてあげられるか。裏を返せば、どれだけ相手に興味を持ってあげられるかが非常に重要になってくるのです。

 

相手本位とは?

相手本位とは、一体どういうことなのか?

もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。

これは端的に言えば、どちらが話していようが、話の中心が常に『相手』にあるという状態のことです。

例えば、主語に「私が…」とか「私は…」という言葉が来たとしても、最後までその話を聞いたら会話の中心が相手になっていた、という状態。

つまり、会話の主導権がどちらにあるかは大した問題ではないのです。

それよりも、その場の中心が誰なのか、その場で興味・関心のスポットが当たっているのは誰なのか、ということが何よりも重要になってきます。

ここでのポイントは、

「”あなた”と”あなたの話”に私は興味がありますよ!」

というメッセージを態度で示すこと。

詳しくは後述しますが、言葉ではなく”態度”で示すことが重要です。

言葉では平気で嘘をつくことができます。一方、昔から『無くて七癖』とも言われるように、態度では中々嘘はつけません。すぐにボロが出てしまいます。

そのため、小手先のテクニック云々ではなく、本当の意味で相手に興味を持てるようにならなければいけないわけです。

ヒデ
サラッと書いていますが、これを実際やろうと思ったらかなり難しい!

なぜなら、我々も同じ現代人だからです。自分だけ特別なんてことはありません。

大なり小なり、自分だって『利己主義』と『自己愛』にある程度侵されている人間です。

それなのに、私のことは置いといて「あなたに興味がありますよ!」ってことを心の底から思えるかと問われれば、やはり難しいと言わざる負えない。

逆を言えば、こんな時代だからこそ、これが出来るだけで1人抜けていくことができるんですよね。

なかには、生まれながらに自然とやれちゃう人もいますが、恐らくほとんどの人は意識しないと難しいはずです。

もちろん、僕もできません。なので最初のうちは、意識を向けて訓練するしかないんじゃないかなぁと思ってます。

 

相手の話に耳を傾ける

知恵とは、本当は自分が話したかったのに、じっと相手の話に耳を傾けてきた人への報酬である。

誰の言葉か忘れてしまいましたが、これは本当に言い得て妙だなぁと思うんです。

自分のことを話したいのは、みんな一緒です。自分の話を聞いて欲しいし、自分の得になるようなことをして欲しい。

でも、それをグッと堪えて、相手の話に耳を傾けてきた人には『知恵』という報酬が与えれる。

本当に良い言葉ですよね。

特に、この感覚はコンサルティングや士業を仕事にしている人なら、よく分かるのではないでしょうか。

相手の話を聞かず、こっちの話ばかりしている時って、大体問題は解決しません。なぜなら、自分の知っていることだけ話すので、新しいアイデアが何も出てこないのです。

そこで、言いたいことをグッと堪えて、相手の話をじっくりと聞いてみる。そして、質問を投げかけ、またじっくりと聞く。

これを繰り返すことで、初めてブレイクスルーが起こることがあります。

つまり、それくらい相手中心に物事を考えることが重要だということです。

 

利他主義のすゝめ

こちら側にニーズがあると、相手は直感的に拒否したくなります。

それは何故なのか?

答えは簡単で、何かを奪われる気が直感的にするからです。

相手は何かを求めており、それが一番の優先事項になっている。自分への関心ごとではなく、何かが欲しいというニーズが先に来ると、反射的に拒否反応を起こしてしまうのが我々人間なのです。

ヒデ
つまり、利己主義vs利己主義のぶつかり合いになってしまうんですよね。

例えば、受けていて気持ちが良いと感じるセールスと、何となく嫌だなと感じるセールスの違いがあるのはなぜなのか。

これも原理は同じで、「相手に奪う気があるのかないのか?」という部分が非常に大きいわけです。

言葉では上手く説明できないけれど、この人と一緒にいたら何かを奪われる気がする。

それはエネルギーだったり、パワーだったり、気だったり・・・。色んな言い方はあるでしょうが、何となく生理的に受けつけないというのは、それが潜在的に相手に伝わってしまうからです。

だから、他者とコミュニケートするうえでも、「○○が欲しい」という自己本位ではなく、まずは「☆☆をあげたい」と相手本位になることが重要になります。

とはいえ、ただの押し付けになってはいけません。相手が欲しがっているだろうなという部分を感じ取り、相手が必要なものをしっかりと分かってあげる。

その結果、何かを貰えることはあるかもしれないけれど、それ自体が目的になってはいけないのです。

人間の持つ5つの根源的な欲求

コミュニケーションの極意

①話を受け入れてほしい

ヒデ
相手とコミュニケーションを取る際に、絶対に分かっておくべき人間の欲求が5つあります。それを一つずつ紹介していきたいと思います。

まず一つ目は、私の話を受け入れてほしい(=共感してほしい)という欲求があります。

先述した通り、人間は本質的に孤独な生き物です。その潜在的な孤独を和らげることが、コミュニケーションの第一歩になります。

まずは、相手に心を開いてもらい、

「あ、この人は私の味方なんだ!」

と分かってもらう。

共感なんて言葉が言われて久しいですが、それは別に相手と同じ動作をしたり(ミラーリング)、ただ単純に同意をしたりすればいいわけじゃありません。

共感の本質とは、相手の気持ちに理解を示すことであり、平たく言えば「あなたは1人じゃないんですよ!」と伝えることです。

逆に、コミュニケーションが下手な人ほど、自分の話したいことばかり話します。これは無意識のうちに、自分が孤独から逃げようとしている、つまり自分のニーズを優先させていることに他なりません。

そうすると、利己主義vs利己主義、自己愛vs自己愛のぶつかり合いになるだけなので、そもそもコミュニケーションが成り立たないんですよね。

そういった意味でも、良いコミュニケーターになるためには、相手を許容できる柔軟さのようなものが求められるのです。

 

②自分の至らないところも認めて欲しい

①とも繋がりますが、誰しも良いところばかりじゃなく、ダメな自分も含めて認めて欲しいという欲求があります。

そのためにも、まずは自分の孤独から逃げないこと。孤独に打ち勝つことはできませんが、それを受け入れるフレキシブルさのようなものが求められます。

逆に、そこから逃げてしまう人は、どこかでボロが出てしまう。

だから、コミュニケーション能力を向上させようと思ったら、テクニックを磨くというより、心を鍛えると言ったほうが正しい気がするんですよね。

相手を丸ごと受け入れてしまう、その器の大きさを養っていくことが、良いコミュニケーターになるには必須の訓練だと思います。

 

③質問してほしい

これは意外かもしれませんが、多くの人は質問してほしいという欲求を持っています。

もっと分かりやすく言えば、

「自分が喋りたいことを喋らしてほしい!」

ということです。

別に、こちら側が聞きたいことを聞くわけではなく、自分が喋りたいことを喋れるような質問をして欲しいんですよね。

こういう質問って誰しもあると思うんですよ。その話を振られたら、エンジンに火がついてどんどんと喋っちゃうような話題のことです。

それをいかに素早く見つけ、相手に質問することができるか。

こちら側のニーズは一旦置いといて、相手が話したい話題を振ることによって、お互いのコミュニケーションを取っていくのは非常に有効な方法です。

 

④頼りたい

4つ目が、誰かに頼りたい、導いてほしいという欲求です。

1人では不安なので、

「こっちだよ!」

「この道が安全だよ!」

と、後押しして欲しいわけです。

人は、限りある資源(お金や時間など)を無駄にしてしまうことを極端に恐れています。

特に、何か新しい分野でチャレンジする際は、自分の判断が正しいかどうか分からないため、誰かのアドバイスを求めたくなるんですよね。

また、未知の世界で思考を続けることは非常に労力のかかる作業なので、一刻も早くその辛い作業から開放されたいとも感じています。

そこで、どうすべきか指示(アドバイス)を与え、「あなたは正しい判断をしましたよ」「大丈夫ですよ」と安心させることが重要なのです。

 

⑤頼られたい

④とは逆のパターンになります。

誰かに頼られたい、つまり自分の存在意義を感じたい、という欲求です。

これは心理学の用語では、承認欲求とも呼ばれ、人は誰しも「他者から認められたい」「自分を価値ある存在として認めたい」という欲求を持っています。

相手が役立つことは二の次で、自分の存在意義を感じたい。そのために、何かをする場合などがこれにあたります。

周りから頼られることによって、自己愛(ナルシシズム)と利己主義的な部分が少し満たされるわけですね。

ヒデ
以上、5つの欲求を抑えたうえで、コミュニケーションを行ってみてください。

もちろん、人によってどの欲求が強いかは異なります。

血液型のように、A型は几帳面、B型はわがまま、O型はおおらか・・・といったように分かりやすければ良いのですが、残念ながらそんなに単純な話ではありません。

なので、その辺りの見極めも含めて、相手に興味・関心を持つことから始めてみるといいと思います。

効果的なメッセージの届け方

コミュニケーション能力を鍛える

3つの型

上記5つの欲求を踏まえたうえで、我々は何らかのメッセージを伝えていく必要があります。

その届け方は、大きく分けて以下の3つです。

1.言葉
2.ノンバーバル(非言語)
3.念

※下に行くほど、よく伝わる。

メッセージを届けるわけですから、当然1つ目は『言葉』です。

この方法が有効かどうかは別として、こちらの想いを言葉によって伝えることはできます。

次に、『ノンバーバル(非言語)』です。

具体的には、表情やジェスチャー、態度、行動、雰囲気、仕草等など・・・。言葉以外でコミュニケーションを取ることも可能です。

例えば、仏頂面で「へ〜」と相づちを打つより、笑顔で身を乗り出しながら相づちを打ったほうが相手に伝わる可能性は高まりますよね。

そして、最後に『念』です。

これは何という言葉にすれば良いのか非常に迷いました。よく分からなければ、パワーとかエネルギーとか気とか、どう解釈してもらっても構いません。

何となくイメージで掴んでください。

要は、雰囲気でも、仕草でもない。言ってしまえば、”想っている”だけという状態なんだけど、それでも伝わる瞬間ってあるんですよ。

 

一番伝わるのは『念』

ヒデ
ここで重要なのは、下に行くほどよく伝わるということ。

昔から「言葉ではいくらでも嘘をつけるが、行動は嘘をつけない。」と言われるように、言葉が最も疑われます。

なので、信憑性が高いのは言葉よりも行動のほうです。

とはいえ、役者なんて職業があるように、ノンバーバルな部分も完全ではありません。嘘の上手い人間は徹底しているので、行動だって偽れるかもしれないからです。

そう考えると、最も相手に伝わるのが『念』なんですよね。

念というのは、騙しようがないし、隠しようもない。単純に理屈抜きで感じるものなので、相手の潜在的な部分にダイレクトに届きます。

例えば、同じような言葉遣いで、同じようなことを言われているのに、凄く心が惹かれる場合と、凄くイライラする場合がある。

それは恐らく『念』の部分の違いなんじゃないかと僕は思うんです。

書籍なんかも一緒で、著者の想い、つまり『念』が文章に乗っかることで、同じテーマの本でも伝わる情報量、心の動く率、理解度なんかが大きく変わってきます。

それというのも、著者の『念』がこちらに届いているかどうかっていうところが非常に大きいわけです。

これは説明が難しいので、ピンと来なければ来ないで全然構いません。ただ言葉や態度の先に『念』という謎の世界が広がっていて、それが一番伝わるんだってことは何となくでも頭の片隅に入れておいて欲しいと思います。

この話を聞いて、「確かにそうだよな!」と分かる人は分かるで良いし、分からない人は分からなくても今は全然大丈夫です。

今日お伝えしたようなことを日々の中で実践してくれれば、いずれ分かるときが来ますから、別に焦る必要もありません。

今は何となく「そういうもんなんだな〜」くらいの認識でいて頂けたらなぁと思います。

 

なぜ『念』が有効なのか?

先述した通り、我々の持つ孤独感とは潜在的なものです。

意識的・無意識的かどうかは関係ありません。別に「私は今寂しい」とか思ってなくても構わないし、全然寂しい気がしなくても、人間は本質的に孤独な存在なのです。

だから、潜在的なもの(=孤独感)とコミュニケートするには、同じように潜在的なもの(=念)でアプローチするのが最も効果的です。

逆に、潜在的なものに対して、言葉や態度のような顕在的なものでアプローチしようとすると、やはり限界が出てきます。

クドいようですが、孤独とは表面的なものではないので、例えば優しい言葉をかけてあげたり、そっと側にいてあげたり、そういった上っ面だけの対応では何の解決にもなりません。

そうではなく、潜在的なものは潜在的なもの同士、次元を揃えてあげることで、伝わる情報量が一気に増えるんですよね。

ヒデ
例えば、『手当て』ってあるじゃないですか?

ヒーリングの世界では、ハンズオンヒーリングと呼ばれますが、手の平や指先を患部に当てたり、かざしたりするだけで身体の不調を治していく療法です。

それも多分『念』や『想い』が伝わっているからこそ、不思議と癒やされていくのでしょう。

余談になりましたが、普段のコミュニケーションにおいても、ぜひ『念』という世界まで足を踏み入れてくれると非常に嬉しいなぁと思います。

最後に

今日お伝えしたようなことをしっかりと抑えておけば、巷の心理テクニックや会話術など学ばなくても、コミュニケーションは円滑に進んでいくはずです。

個人的には、このへんの話を理解していない人が、あれこれテクニックや机上の理論を学んでドツボにハマっている気がしてなりません。

本文でも触れましたが、人間は本質的に孤独であり、そこから逃げ出したいと日々もがいています。

そこが人間のベースとしてあるので、その潜在的な孤独感を和らげてあげることができる人が、より良いコミュニケーターだと言えるのです。

ヒデ
もちろん色々な心理テクニックや知識はありますが、一番の土台はこの部分です。

ここを意識するだけでも、目に見えて相手の反応が変わってきます。

例えば、元気が出てきたり、表情が明るくなったり、あるいはよく喋るようになったり、何かしらのポジティブな変化に気づくはずです。

そのためにも、ぜひ自分ではなく相手のニーズ(=孤独感の解消)を最優先することを考えてみてくださいね。

また、過去にもコミュニケーションに関する記事を書いているので、こちらも併せて読んでくれると嬉しいです。

より一層理解が深まると思いますよ。

以上、最後まで読んでくれてありがとうございました。

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ABOUTこの記事をかいた人

矢島秀人(ヒデ)

現代社会のあり方に疑問を感じて、最強のフリーターを志す。東日本大震災を機に自立を決意、独自の手法「ブッダ∞アフィリエイト」を実践、2011年起業。現在は海の町で暮らしながら、主にネットビジネス・企業コンサル・FX投資などを行い、個人ビジネスの究極形を追求している。波乗りと旅と平和が好き。