2.近代化の始まりと特徴(下)~人はいかにして神を殺したのか~

近代化の特徴

どうも、矢島ヒデです。

前回に引き続き、「1.近代化の始まりと特徴(上)」の後編ということで、早速始めていきたいと思います。

近代化の特徴

1.近代化の始まりと特徴(上)~人はいかにして神を殺したのか~

2020年10月21日

前編の内容を軽くおさらいすると、近代化を促進するには以下3つのエンジンが必要ですよ、と。

それが、

・啓蒙思想
・二元論
・主権国家体制

でした。

で、この啓蒙思想がバックボーンとなって、近代化を象徴するさまざまな革命(科学革命・市民革命・産業革命)を生み出したわけですが、それだけでは近代を語るうえで「不十分」「あくまで1つの側面に過ぎないよね」というのが僕の主張でした。

そこで、今回は近代化を支えていく3つのエンジンのうち、残りの「二元論」「主権国家体制」の話から再開したいと思います。

「二元論」と排除の論理

二元論

二元論とは?

二元論とは、簡単に言えば何でもかんでも、

「AかBか?」

「イエスかノーか?」

「0から1か?」

「白から黒か?」

「善か悪か?」

「好きか嫌いか?」

みたいな感じで、相反する2つの要素であらゆるものを説明しようとする考え方のことです。

このような思考は、現代人にとって非常に馴染み深いものになっています。普通にモノを考えようとしたら、自然と二元論的な思考になってしまうといっても過言ではありません。

二元論とは、それほどまでに我々の中に自然と溶け込んでいるものなのです。

そして、二元論を考えるうえで1つ忘れてならないことがあります。

それは、「排除の論理である」ということです。

僕らの評価法は、他を悪いとしなければ一つを良しとできない。つまり、”all or nothing(全部か0か)”の発想であって、排除するのは自分と異なるものです。

例えば、イエスの人から見たらノーの人を排除するし、ノーの人から見たらイエスの人を排除する。あるいは、白から見たら黒を排除するし、黒から見たら白を排除する。

このように、自分とは異なるものをどんどんと排除していくのが二元論の特徴だといえます。

 

宗教的な対立やいじめの原因

ヒデ
現代に見られる宗教的な対立、あるいはいじめ問題などの思想的原因も「二元論的な思考」にあるんじゃないかと思います。

なぜ、いじめが起こるのか?

単純化して言えば、こっちの理解を超えて、相手がよく分からないことになっているからです。

いじめる側は、自分と目の前の相手があまりに違うので、それが気持ち悪くて仕方がない。

だから、排除していくのです。

「俺たちと同じ遊びが出来ないんだったら仲間はずれ」

「こいつバカじゃね、本当理解できねー、気持ち悪い」

みたいな感覚です。

これは思想的に言えば、”俺たちかそれ以外か”という二元論。アメリカの味方かテロリストか、あるいは原発賛成か反対かっていう論理と何ら変わりません。

二元論とは、このような危うさを常に内包している概念なのです。

 

近代への影響

二元論的な発想は、近代社会をかなり支配しています。

二元論自体は、歴史を辿れば古代ギリシアのプラトンまで遡ることができますが、特に代表的なのは17世紀の哲学者ルネ・デカルトです。

ルネ・デカルト

出典:Wikipedia

彼の代表的な思想が『物心二元論』『デカルト二元論』というくらいですから、非常にデカルト的な発想だと言えます。

(ちなみに、現在の専門家たちの間でこの理論を支持するものはほとんどいません。)

日本でも一時期「日本人は自分の主張をはっきり言わない」「曖昧で厳密さに欠けるからダメなんだ」みたいなことを言われていた時代がありますが、だったら「イエスかノーか?」をがっちりと決めていくことが、本当に厳密で正確なのかってことです。

概念的に言えば、無理やり分けないという意味で、日本人の曖昧でイエスともノーとも取れないグレーな領域を重視する感覚のほうが、よっぽど誠実ではあると思います。

現実を生きていくうえで、それが本当に正しいかどうかっていうのは適宜分かれるんだろうけど、全体をきちんと表現しようという意味では誠実ではありますよね。

例えば、僕はセミナーをするとき極力スライドは使いたくありません。これには色んな理由があって、そのうちの一つに「整理できない」ことが挙げられます。

僕が伝えたい全体像があったときに、スライドにしていく過程とはいわば”切り取り”です。

図に表すと、以下のような感じ。

二元論

つまり、スライドA、スライドB、スライドCという風に、すっきりとさせていく過程がスライド作りだと言えます。

しかし、何かを選ぶということは何かを捨てることと同義です。本当はABCDの外側(水色)の部分も伝えたいんだけど、スライドにしたばっかりに他は切り捨てられてABCDの部分しか伝えられない。

一応頑張って周りの部分も伝えようと努力はするんだけど、やっぱり全体を伝えることは難しい。スライドにすることによって、切り捨ててしまう部分が必ず出てくるのです。

セミナーで言えば、全体を表現しようとするとあっちこっち話が飛んで分かりにくい講義にはなる。それがその場において求められていないのであれば、それは正しくないことになります。

だけど、知識に対しては誠実なわけです。無理やり分かりやすさのためにまとめていくのではなく、全部を伝えようとしているという意味では誠実だといえます。

ちょっと話が逸れましたが、二元論とは“排除の論理”です。論理としてはスッキリしてて分かりやすいですが、実は厳密さや正確さとは程遠い非常に乱暴な発想だということは抑えておいて欲しいなぁという風に思います。

ヒデ
この乱暴さ加減に気づかぬまま普通に考えていると、知らないところで他人を傷つけていきます。でも、このようなことが分かっていれば、主体的に傷つけるという段階までは変わっていくことができるはずです。

 

諸悪の根源なのか?

二元論は、色んな本の中で現代社会の”諸悪の根源”みたいに批判されることが多い概念です。

しかし、二元論のおかげで科学技術や医学などが進歩して、その恩恵を人類が享受しているのもまた事実です。

例えば、前回の記事で紹介した『弁証法』だって二元論ですよね。

弁証法

まずは、『テーゼ(正)』と『アンチテーゼ(反)』の2つに分けて、それがお互いに『止揚(アウフヘーベン)』することによって、どちらの主張も切り捨てない高い次元の主張『ジンテーゼ(合)』が生み出される。

このような発想によって、我々が受けてきた恩恵は計り知れないものなんだってこともまた同時に理解しておく必要があるのです。

そして、さらには「これを踏まえて乗り越えていく」という視点が、今後より一層求められてくるんじゃないかなと思います。

 

余談:古き良き時代から学ぶもの

余談ですが、明治維新以降、急速な近代化を進めた日本ではモノの見方も大きく変わってきました。

現代社会に生きる僕らは、気付くと二元論的な思考に陥りがちです。

ここでヒントになるのが『仏教』です。

伝統的な仏教の教えでは、悟りの境地に至るためのきっかけは、この二元論を乗り越えることだとされていました。これを不二中道と言います。

釈迦の仏道では、

お釈迦様
一元論的ブラフマンに執われるな。一元論には二元論という対立概念がついて回る。その一元論と二元論の二項対立を超えなさい。

と仰っしゃります。

その影響もあってか、当時の日本人の価値判断も、「それぞれみなよい」「情報が多ければ多いほど、どれもみな益々よい」という風なものが広く受け入れられていたのです。

本題から逸れてしまうので詳しくは語りませんが、例えば伝統的な仏教や神道もそうだし、松尾芭蕉とかの世界観もハンパないです。

しかし、明治維新以降、西洋の文化が大量に入ってきたことで、我々のモノの見方は180度変わってしまいました。

超単純化するとこんな感じです。

【例①】
昔の人
「四季それぞれよい」

現代人
「夏は好きだけど、冬は嫌い」

【例②】
昔の人
「時雨のよさがよくわかる」

現代人
「青い空は美しい」

前者に共通する日本古来の”芭蕉的な発想”の根源には、仏教や神道の教えが深く浸透していたことが影響しているのだと思います。

仏教の世界には、不一不二という概念がありますが、

「不一とは、一つであって一つでない」

「不二とは、二つであって二つでない」

という非常に曖昧模糊とした状態のことです。

つまり、個というのは別々のものだが、全体として一つでもある。対立していて二元的に見える事柄も、絶対的な立場から見ると対立がなく、一つのものであるという意味です。

例えば、自分と仲のよい他人とは一体であるが、別々の存在です。同じだというと言い過ぎだが、違っているといえば間違いになる。

他にも、自然と自分とは不一不二、宇宙と自分とも不一不二です。

しかし、西洋の「個人主義」が日本に入ってきたことで、このような概念は遠く忘れ去られ、”この肉体の中だけが自分”だという考え方が根強くなっています。

そして、このような思想が人々の不平不満を随分と生んでいるような気がします。

これは非常に残念なことです。

いずれにせよ、東洋的なモノの見方と西洋的なモノの見方、どちらが目的に合うかは時と場合によります。時と場合に応じて、その目的に合うほうに拠るという柔軟な姿勢が、現代を生きる我々には求められているわけです。

主権国家体制の成立

主権国家体制

ウェストファリア条約

次に、近代化を支えていくエンジンの3つ目「主権国家体制の成立」について話をしていきます。

主権国家体制とは、前回の記事でも書いた通り、国家が主権を持った体制のことです。

これは、1648年のウェストファリア条約によって取り決められた枠組みになります。

ここでのポイントは、国家が自然と主権を持つことになったのではなく、人為的に「こうしましょう」という条約によって決められたという点です。

ヒデ
ウェストファリア条約は、思想的にも、政治的にも、社会的にも凄く重要な意義を持っているので是非覚えておきましょう。

ウェストファリア条約とは、ヨーロッパで30年間続いたカトリックとプロテスタントによる「三十年戦争(宗教戦争)」の講和条約になります。

この条約が締結されたことによって、ある種ヨーロッパ中を巻き込んだ人類史上最も悲惨だと言われた争いに終止符が打たれ、新たなヨーロッパの秩序が形成されるに至りました。

ウェストファリア条約には色んなことが書いてありますが、一つ重要なポイントとして”各国の主権を認めた”ということが挙げられます。

それまでは、主権というものの存在が曖昧でした。

もちろん、宗教勢力が一番偉かったわけですが、当時は宗教改革もだいぶ進んでおり、その絶対性が揺らいでいて何が本当に一番偉いのかが分からなくなっていた。

そういう社会背景もあって、デカルトは本当に確かなものを求めて「我思う故に我あり(コギト・エルゴ・スム)」という境地に達したわけです。

ちなみに、デカルトは20代前半の頃には、身近にあるような本は全て片っ端から読み尽くし、もう読む本がないってことでヨーロッパ中を渡り歩いていた人です。

例えば、アリストテレスやプラトンみたいな古代の有名な哲学者の本をいくら読んでも納得できない。

当時はヨーロッパ中が凄く混乱していたので、本当に確かなものなんて見つからない。全てが疑わしい。

そこで書を捨て世間を渡り歩いている最中に「我思う故に我あり」という境地に至ったわけです。

ヒデ
デカルトまで行くと、ちょっと病的な感じがしますが、このような時代背景があって17世紀の天才たちがたくさん育ってきたんだろうなという風に思います。

 

三十年戦争が勃発した原因

三十年戦争(1618年 – 1648年)が勃発した主な原因は、カトリックとプロテスタントの対立です。

歴史的には、最後にして最大の宗教戦争と呼ばれ、当時のイギリスやフランス、スペインなどを含めたヨーロッパの20カ国が参戦しました。主戦場であったドイツでは800万人以上の死者を出し(国民の数が約3分の2ほどに減少)、人類史上最も破壊的な紛争の一つだとされています。

では、何故カトリックとプロテスタントは対立したのか?

神聖ローマ帝国

当時のヨーロッパでは、現在のドイツ・オーストリア・チェコ・イタリアを含む周辺国はすべて『神聖ローマ帝国』という一つの国家として束ねられていました。

束ねると言っても、この帝国は実質機能しておらず、約300もの”領邦国家”に分かれていたのです。

領邦とは、分かりやすく言うと、江戸時代の日本の『藩』のようなイメージ。日本全国には大小200以上の藩があり、それぞれに殿様がいて治めていたので、幕府が直接統治していたわけではありません。

それと同じで、神聖ローマ帝国の中にも自治権を持った『共同体(=領邦)』がいっぱいあって、その共同体の中にはある種の”絶対的な権力”を持った連中がたくさんいたわけです。

で、神聖ローマ帝国全体としてはカトリック強国でしたが、領邦によってはプロテスタントの力が強かったり、カトリックの力が強かったり、両方が入り混じっていたり、はたまたどちらでもなかったり・・・。

宗教的にはグチャグチャしていたので、各地で小競り合いや争いがいつも起こっていました。

でも、神聖ローマ帝国の規模がデカすぎて、下手に手出ししても収集なんてつくわけない。

だから、当時の皇帝たちも、

「まぁ、いいか」

「好きにやらしておこう」

みたいな感じでほっといていたんです。

だけど、1617年フェルディナンド2世が即位して状況が一変しました。

フェルディナント2世 (神聖ローマ皇帝)

出典:Wikipedia

彼は非常に熱心なカトリック教徒で、即位するや否やプロテスタントを弾圧し始めたのです。

領邦関係なく、

フェルディナンド2世
プロテスタントはどこにいても皆殺しにしろ!

みたいな勢いで弾圧していった。

そしたら、神聖ローマ帝国の1つであるボヘミア地方のプロテスタントが「待て待て」と反乱を起こします。

ボヘミア地方のプロテスタント
俺たちにも信仰の自由があるだろ。てか、聖書の言っていることを信じて何が悪いんだ。お前らこそ聖書も読まず、教会の言うことばかり聞いて紛いもんじゃないか!

みたいなことを言い出して、それに対してカトリック派が「何だこの野郎!」と始まったのが三十年戦争です。

だから、元々は宗教戦争なんだけど、これが段々と進んで行くと周りの国々が、

「何かあそこの国で戦争やっているけど、あの地方には炭鉱があって儲かりそうだから今のうちに頂いちゃおうぜ !」

「あっちの国が勝ちそうだから、うちらも加担しようぜ!」

「いや、俺は××派だからこっちに加担するわ!」

とかやり出して、余計にグチャグチャし始めた。

で、瞬く間に人類史上最も悲惨な国際戦争に発展していったわけです。

ヒデ
現代のハイテク戦争に比べれば、悲惨さは少ないかもしれません。だけど、当時にしてみれば悲惨以外の何者でもない様相を呈しました。

この三十年戦争は1648年に収まりましたが、あまりにもみんながショックを受けて「もうこんな酷いことはやめよう」となって、1648年ウェストファリア条約の締結という流れです。

このとき、神聖ローマ帝国は事実上なくなり、領邦が国となってそこに主権が与えられました。

そして、カトリックを信じるかプロテスタントを信じるかは国が決めていい。それに従わないのであれば、その国を出ていけという発想になったわけです。

これが、ざっくりとした主権国家体制が成立した歴史的な背景になります。

社会契約説についての真実

社会契約説

主権とは何か?

主権とは、英語で言えば「Sovereignty」です。

この単語は、別に覚えなくても構いませんが、1つ分かって欲しいのは「super(超越)+reign(統治)」ということ。

つまり、超越的権利ってことです。

ちなみに、ウェストファリア条約はラテン語で書かれていましたが、この主権というところには「スペリオタティス(Superioritatis)」っていう単語が当てられていて、これはもうかなり英語に近くなっています。

1600年の中頃に書かれているラテン語なので、古記ラテン語ではないですが、ここにもやっぱり「スーパー(super)」とちゃんと入っているんですよね。統治を超えた超越権力だっていうところが、やはりラテン語の段階でも明示されている。

何者にも邪魔されない、絶対的な権利が国家に与えられているってことです。

ヒデ
その最高権力を教会や教皇のような宗教勢力ではなく、国家という何だかよく分からないものに与えたというのがウェストファリア条約の最大のポイントです。

これは一体、何を意味するのか?

要するに、国家が信じる神を決めていい。何を信じるかは「国が勝手に決めていいよ」という構図がここで初めて作られたのです。

主権国家の話は、社会学とか歴史学の文脈で語られることが多いですが、思想的には国のほうが偉くなり、宗教の世俗化が進んだという意義が非常に大きいです。

例えば、国が「プロテスタントはダメですよ!」と言ったらそれはダメ。てか、むしろ国が「宗教はダメ!」と言ったら宗教もダメなんですよ。

それほどの絶対的な権力が国家に与えられ、これにより宗教的権力は世俗の権力に取って代わられることになりました。

ちなみに、ウェストファリア条約の条文を読んでいくと、内政に干渉するなとか色々書かれていますが、最もきつく言われているのは「宗教に関して外国が口を出すな」ということです。

悲惨な三十年戦争は宗教のいざこざが原因で始まっているので、宗教に対する口出しが一番危ないという教訓があるわけです。

そして、これは国際条約なので、いつ期限が切れるとかはありません。今だにこの流れは続いています。

つまり、現代の僕らが生きている世界も、ある意味ではウェストファリア体制だと言えるのです。

それなのに、宗教的に干渉してくる国ばかりなので困っちゃうんですけど。まぁ、アメリカとかアメリカとかアメリカですけど、「それってどうなの?」という議論はまた1つ根深い問題としてありますが・・・。

とにかく、ウェストファリア条約の締結によってもたらされた意義とは、神の上に国家が置かれたことで”神の絶対性”という概念が意味をなさなくなったことです。

主権は国家に与えられたので、神を信じようが信じまいが自由。神はいないと言ってもいいし、神がいると言ってもいい。仮に神はいないと国が宣言したら、その国ではいなくなります。

さらに言えば、宗教国家にしてもいいし、独裁国家にしてもいい。はたまた民主主義だろうが、共産主義だろうが、それを決めるのは主権者である国家であって、それが嫌なら他の国へ行けってことです。

要するに、この条約によって神の絶対性が失われたわけです。

 

ホッブズが描いた国家観

ウェストファリア条約の締結以降、主権は国家に与えられました。

そうすると、国家が主権を持つならば「国民はどうなるんだろうか?」という風な話になってきます。

中学や高校の授業では、国民主権みたいなことがしきりに言われていたので、

「え、国家?国民に権利はないの?」

「国民は国家が決めたことに従うだけなの?」

という疑問が浮かんでくる。

雑に言えば、

主権国家になって国民に主権はない。

すると我々は国家の言うことを聞くしかない。

国家が死ねと言えば死ぬしかない。

という悲惨な図式が浮き彫りになってくるわけです。

この問題を検討したのが、前回の記事でも書いたホッブズやロック、ルソー等のいわゆる『社会契約』と呼ばれるものを考えた人たちです。

ホッブズで有名なのは、

トマス・ホッブズ
万人の万人に対する闘争

だと思います。

彼は、自然状態(国家や社会が成立する以前の状態、いわゆる思考実験上の状態)を想像したときに、人間は利己的で、自分の利益のために争い合うという風に定義しました。

そのため、上位の主権者に自分たちの持つあらゆる権利を譲り渡すことで闘争状態を脱しましょう、と。

そして、その譲り渡す先の主権者を国家と呼びましょう、と言ったわけです。

なので、元々主権は国民である我々にあるんだけど、便宜上それを国家に譲り渡して、一定の制約を受ける代わりに安全を保障してもらうことになりました。

これが俗に言う『社会契約説』であり、ホッブズが描いた国家観になります。

 

ホッブズ的な近代的個人

この主権を譲り渡した人たちは、近代国家の中にいる個人なので”近代的個人”ともいえます。

国に主権を預けて、その代わりに安全を保障してもらう。ほっといたら人間は闘争してしまうので、国が厳重に法律を定めて取り締まる。

当たり前の話ですが、こういう世界観の中では、国は構成員である国民に「ノー」と言われたら困ります。

例えば、

「大麻吸わせろよ」

「税金なんて払いたくないよ」

「人を殺したっていいじゃないか」

とか文句を言い出す人がいたら、社会契約が成り立たなくなってしまう。

つまり、ホッブズ的な近代的個人は、国に対して従順であることが求められるわけです。

従順さが一番、頭なんか使わなくていい、自分の身の回りのことだけやってなさい、と。

あとは、ひたすら国が言ったことに「イエス」と従って、あとは寝たり、食べたり、遊んだりしてなさい、と。

そうしてくれないと、国が頑張って国民の安全を保障するために色んな制度を考えたり、色んな法律を作ったりしても、何の役にも立たなくなってしまう。

だから、ガタガタ言わずに国の言うことを黙って聞いとけ、と。

トマス・ホッブズ
また闘争状態に入りたくないだろ?

ってことをホッブズは暗に言っているわけです。

 

自己中心主義の発展

ホッブズ的な近代的個人とは、言い換えれば「自己中心主義」。

前回の記事でも少し触れましたが、ここで言っている自己中心主義には、いわゆる”自己中”みたいなネガティブな意味は込もっていません。

単純に自分を中心に据えているってだけで、個人主義的かつ自由主義的な発想のことだと思ってください。

要するに、国家の言うことに素直に従って、自分の身の回りのことだけに関心を向けてなさい、と。

安全や財産は全て国が保障しているんだから、他人が何を持っているかとか、何を食っているかとか気にするな、と。

それがホッブズが理想とした世界観です。

では、これが実現するとどうなるのか?

ちょっと考えれば分かると思いますが、国民は政治的に”無関心”になっていきます。

国家が決めたことに議論を挟む余地がないとすれば、何が決まろうと国民は受け入れなければいけないので無関心になっていくのは当然です。

そして、他人のことは気にするな、自分のことだけやってろと言われたら、他人に対しても無関心になっていきます。

このようにホッブズ的な近代的個人を実現していくと、国民の無関心な部分が非常に色濃く出てしまうのです。

 

無関心な日本人

国に無関心、政治に無関心、他人にも無関心・・・。

これは、今の日本をかなり鋭く表現していると思います。

お上の言うことにはブツブツ言いながらも従順に従うけれど、先進諸国の中では類を見ないほど投票率が低い。

他人に対しても無関心です。国際調査結果によると、日本は「国は貧しい人々の面倒を見るべき」と考える人、ボランティアや寄付をする人、人助けをする人の比率が、他国に比べて極端に低いことが明らかになっています。

また、隣人が殺されても気にしません。ニュースで悲惨な事件を目の当たりにしても、「怖いです」「気をつけます」くらいの感想しか出ないってことは結局自分にしか興味がないわけです。

逆に、アメリカは政治に対して凄く関心を持ってますよね。大統領選挙であれだけ盛り上がる国っていうのも中々珍しいと思います。

さらに、日本は理念上『軍備』をしていないことになっています。自衛隊が軍なのかどうかっていう議論は置いといて、一応は軍国を放棄しています。

当然、市民の武装は認められていないし、徴兵制もないので一生軍に入ることもありません。

一方、アメリカは完全なる軍事国家です。徴兵制もあるし、いざという時は武器を持って戦えという意思を表明しているし、もっと言えば銃による市民の武装も認められている。

こうやって考えていくと、我々日本人は極めてホッブズ的な個人だといえます。

軍なんて要らない、国のために戦う必要なんてない、武器を取るとかいう発想すらない。

だって、国が俺たちの安全を保障してくれるんでしょ!

みたいな感じでいつも浮かれている。

僕が知る限り、先進諸国の中で最もホッブズが描いた近代的な個人たちが寄り集まってできているのが今の日本だと思います。

 

欧米の世界観

歴史を遡ると、古代ギリシャではポリスという都市国家がありました。

このポリスにおいて、軍役は義務です。他のポリスが攻めてきたときは、市民は自ら武器を取って戦わなければいけない掟でした。

また、政治参加も義務です。直接民主制なので、18歳以上の男子には参政権が与えられていました。

当時は、この2つの義務を果たさない奴は全員奴隷だったのです。

ヒデ
このポリス観に近いのが、欧米諸国の近代国家ですよね。

いざとなったら武器を持って立ち上がる、あるいはテロリストを潰すために戦争も辞さない。

そのようなことを力強く国民が宣言できるのが近代的な欧米諸国だといえます。

別に、これがあるべき姿だと言っているわけではないですよ。

ただ、日本はいつも態度を決めかねるみたいな感じになっちゃって、

「でも死にたくないし・・・。」

みたいなモヤモヤしたやる気のない感じになってしまうのが、ホッブズ的な近代的個人の特徴です。

例えば、ヘーゲルとかニーチェとかは自己犠牲みたいなものを凄く大事にするんですけど、ああいう力強さがない。

そういう意味でも、一概に近代的個人と言っても、日本人のようにホッブズ的な個人なのか、それともヘーゲル的で、ポリス的で、ルソー的な個人なのかでも全く分かれるわけです。

世にも皮肉な物語 〜マルティン・ルターの宗教改革〜

マルティン・ルターの宗教改革

三十年戦争の真相

先述した通り、ウェストファリア条約の締結によって宗教的権力が世俗化したわけですが、ここで重要なのはその直接的原因が”宗教的情熱”にあったという点です。

これは非常に皮肉な物語ですが、三十年戦争が起こった原因はプロテスタントの抗議でした。

つまり、プロテスタントという存在が生まれなければ、三十年戦争にはならなかったし、その結果ウェストファリア条約が締結されることはなかったわけです。

ということは、ルターが宗教改革なんてやらなければ、カトリック教会からプロテスタントが分離することもなく、悲惨な三十年戦争も起こらなかったと言えるのです。

 

ルターの宗教改革

ルターは、敬虔なキリスト教徒で、神様なくして生きていけない人でした。

そんなルターが、

マルティン・ルター
教会は本当に神の声を正しく伝えているのだろうか?

と、当時の教会のあり方に疑問を持ったんです。

そこで、彼は1517年ドイツの片田舎の教会(ヴィッテンベルクの城教会)の扉に『95箇条の論題』と題した紙を張り出し、カトリック教会を批判しました。

「私は☆☆☆と考えております。親愛なる神様に尽くす身としてお答えいただきたい。」

と思いついた疑問を95個書いてペタッと貼ったんです。

そしたら、普通はそんな田舎のことなんて誰も気に留めないはずが、教会が過剰反応しちゃって、中央庁から凄い有名な頭のいい論客とか呼んでルターとやり合わせちゃって、

町人A
なんか、ルターとかいう奴が面白いことやってるらしいぞ!

みたいな感じでやいのやいので話題となり、しかもそこでルターのほうが勝っちゃったみたいな空気になったもんだから、教会の権力がどんどん弱っていく結果になりました。

ちなみに、ルターは教会を批判はするけれど、キリスト教は一向に否定していません。

むしろ、『聖書至上主義』というものをルターは掲げるわけですから、教会の奴らが言っていることって本当に聖書そのまんまなのかっていう疑問がある。

で、当時は僕らが読んでいるようなポケットサイズの聖書なんてなく、大きさは学校の教室くらいあって、何人がかりかでページをめくるような大層なものだった。

しかも、教会の奥のほうの金庫みたいなところに厳重に隠されていて、一般人は絶対読めない。教会の偉い人たちだけがこっそりと読むようなものでした。

それに対して、

マルティン・ルター
そういう現実ってどうなの?本当に彼らが正しいこと言っているかなんて絶対分からないよね。

と、ルターが95個の疑問をぶつけたことによって、大規模な宗教改革が始まったのです。

 

宗教改革が及ぼした影響

ルターの宗教改革は、社会的に3つの大きな意義をもたらしました。

1つ目は、当時絶対的な権力を持っていた教会に対して、

「あ、何か言っていいんだ」

「ちゃんと相手にされるんだ」

「突然火炙りとかされないんだ」

という空気感を生んだのが大きいです。

で、それは同時に、

「おい、ルターって奴が面白いことを言っているらしいぜ」

「俺はあいつには反対だな」

「いや、結構いいこと言っていると思うけど」

みたいな感じで、一般人が町でルターの主張に対してやいのやいの議論できるようになった。つまり、市民が教会に対してモノを申せるようになったのです。

ルターの宗教改革は、そのような土壌を作ったという意味で1つ非常に大きな意義がありました。

そして、宗教改革が進むにつれ、ルターの賛同者(後にプロテスタントと呼ばれる人たち)は少しずつ増えていきます。

「ルターの言っていることは正しい」

「俺たちも聖書だけに従うべきだ」

「教会の言っていることは嘘が混じっている」

と、ルターの周りにどんどん人が集まってくると、取りあえず数が小さいうちに目を摘んでおこうと弾圧しますよね。

ローマ帝国側からすれば、いい加減にしろよ、と。

カトリック派の兵士
お前ら、ガタガタ下らないこと言ってんじゃない!

ってなると、どうなるか?

プロテスタントは、「きゃー死にたくないよ」「助けてー」と言ってヨーロッパ中に散り散りとなります。

すると、神聖ローマ帝国の各領邦にルター派みたいのができてくる。ほっといたら一箇所にしかいなかったのに、弾圧することによって各地に満遍なくルター派ができちゃったわけです。

これが2つ目の大きな意義です。

で、その散り散りになった先で、ルター派は余計なことを吹いて回ります。

「教会の奴らって、金儲けのために嘘を言っているらしいぜ」

「免罪符とか売りまくっているけど、そんなの聖書には書いてないんだぜ」

とか色々言うわけです。

それが少しずつ広まって、町の人が「え、本当?」みたいな感じで興味津津になってきた頃に、グーテンベルクによる活版印刷技術の発展が後押しし、聖書が一般人にも出回るようになった。

それをルター派は各地で翻訳したんです。

聖書は元々ラテン語で書かれてたので一般人は読めませんでしたが、それをドイツ語に訳したり、フランス語に訳したり、いわゆる世俗語(各地の言葉)に訳し始めたことで誰でも読めるようにしました。

そしたら、

「本当だ、免罪符なんて書いてない」

「あいつらは嘘を言っているぜ」

みたいな空気がどんどん盛り上がってきて、さらにカトリックとの争いも激しくなり、「はい、三十年戦争」というのが大まかな流れです。

ヒデ
つまり、ルターが余計なことをしなかったら、はたまた95個も疑問を抱かなかったら、主権国家体制はできなかったかもしれない。

だけど、ルターはあまりに熱心なクリスチャンだったがゆえに疑問に思っちゃった。

思っちゃったんだから仕方がないですが、決してルターは主権国家体制を作ろうとして頑張ったわけじゃない。単に、正しい神の言葉をみんなに広めようとしただけです。

これは皮肉な物語ですが、宗教が世俗化した直接的原因は、純粋な宗教的情熱に支えられた革命なんだっていう部分は一応抑えておいて欲しいなぁと思います。

そして、宗教革命が起こったことで、結果としてキリスト教の絶対性は大きく揺さぶられました。

つまり、それまでの教会がやっていたことは、聖書を一般の人々に見せないことによって成り立っていた権威だったわけです。

平たく言うと、愚民化政策です。正しい情報を与えず、無知蒙昧な人々に適当なことを言って信じさせる。

そうやって、聖書を隠し、教えを隠し、必死に保ってきた絶対性がルターの情熱によって崩れてしまったのです。

その結果、神の存在は絶対的なものではなくなり、宗教は世俗化してしまったというのが非常に重要なポイントです。

日本近代化の問題に関する一考察

日本近代化の問題点

ここまでの話をまとめると、近代化には3つのエンジン(啓蒙主義・二元論・主権国家体制)と3つの革命(科学革命・市民革命・宗教革命)が必要でした。

これを踏まえて、例えば日本やアジア諸国の近代化を辿ってみると、このようなものは当然意識されていることが分かると思います。

確かに、二元的な思考をしているよねとか、主権国家体制になったよねとか、科学的にも進歩したよねとか。

色々共通する部分が出てくると思うのですが、

「なぜ、日本は上滑りの近代化で終わっちゃうのか?」

ちょっと考えてみて欲しいんです。

ヒデ
一応この6つの要素で言えば、決定的に不足しているのが『市民革命』ですよね。

要するに、日本は自分たちの力で勝ち取ったものではない。

日本人は、ヨーロッパの人々が数千年かけてやってきたことを数十年でやろうとしたわけです。日露戦争後とかにガーッと一気にやろうとしたので、せいぜい100年程度の歴史しかない。

あとは言い方が悪いかもしれないけど、自分たちの血も流していません。

その辺りに決定的な違いがあるんじゃないか、と。

かといって、今ここで「革命を起こそうぜ」みたいな危険思想を唱えたいわけじゃなく、ただ市民革命が決定的に1つ不足しているという事実は言えるかなぁと思います。

ちなみに、世界でいちばん貧しい大統領で有名なホセ・ムヒカなんかは、元々過激な反社ですからね。

日本では優しそうなおじいちゃんの印象が強いですが、若い頃はゲリラ隊のリーダーで、銃撃戦、銀行強盗、誘拐、逮捕、脱獄などの凶悪犯罪は一通りやってて、かなりクレイジーな男でした。

そんな彼なんかも、

ホセ・ムヒカ
革命は法を生む原動力として他の何よりも強い力を持っている。革命が起これば必ず新しい法体系が生まれる。革命より政治的なものはない。

と言っています。

他にも、戦後日本の思想界の方向を決定づけた、僕に言わせれば諸悪の根源である丸山眞男という学者がいるんですけど。

彼も同じようなこと言っています。

「市民革命というものを経ないで、表面上近代化しようしたから、日本はこんなことになっているんだ。」

・・・と。

丸山眞男の議論には概ね反対なんですけど、この点に関しては僕も同意見です。

とはいえ、今の日本で本当に革命を起こすなんてことは現実的ではありません。世界の色んなところでクーデターみたいなことは起こってますが、やはりそこまで現実的な話には思えない。

例えば、若かりし頃のムヒカがやったみたいに、「アメリカの生んだ金融制度は、人類の中でも最も重罪だ!」とか叫んで武装してメガバンク襲うとか僕にはちょっとできないです。

じゃあ、これに代わる何かがあるのかとか、無いのかとか。

そのようなことも含めて、上滑りしない近代化というものを暇なときでも自分なりに少し考えてくれたら嬉しいなぁと思います。

神は死んだ byニーチェ

神は死んだ

ドイツの哲学者ニーチェは、1883年から1885年にかけて発表した著作『ツァラトゥストラはかく語りき』の中で、

フリードリヒ・ニーチェ
神は死んだ

という風に書きました。

僕はこれを”神の死亡報告書”と呼んでいますが、別にこのとき神が死んだわけじゃなく、この100年くらい前に神は死んでいました。

それをニーチェが改めて言葉にしただけです。

これは、ニーチェがこの本を出したとき、

「なんか頭のおかしい奴がアホなことを言っている」

という評価にならなかったことが何よりの証拠だといえます。

もしも神が絶対的に生きていたら、危ない奴がいるとか言ってニーチェは火炙りにでもなっていたはずです。

そうではなく、

「何か面白いこと言っているぞ」

「確かに、そうだよな」

みたいな議論を巻き起こしたのは、このとき神がすでに死んでいたからです。

つまり、神の死亡は100年以上前に達成されており、それを改めて言葉にしたのがニーチェだったのです。

これで神が死んで、ようやく近代社会が確立したという風に結論づけることができるわけです。

最後に

最後に話をまとめると、

ヒデ
近代とは、ひたすら理性を盲信し、二元的な世界観と主権国家体制により神を殺した世界である。

という風に定義づけることができます。

で、最初にも注意しましたが、一応今回の記事は『近代化=西洋化』として、それに伴い『神=キリスト教の神』として語ってきました。

とはいえ、ヨーロッパ以外の日本やアジア諸国が近代化していくときにも当てはまる概念を抽出して話を進めてきたつもりです。

自分なりに、すでに近代化していると言われている国々、もしくは前近代的だと評価されているような国々を見ながら、「本当に前近代的なのか?」という部分はじっくりと考えてみて欲しいなぁと思います。

そして、何を手に入れ、何を失ったのか?

経済や物質面の進歩は、必ずしもモラルの進歩ではありません。さらに言えば、文化が進歩しなければ、人類の進歩もあり得ないでしょう。

ここで言う文化とは、毎日の暮らしの中で従うべき価値観であり、よりよい社会を作る土台になるものです。

そう考えたときに、「日本古来の文化は今も生きているのか?」というのは甚だ疑問が残ります。

僕らは明治以後、西洋の文化を取り入れて大体その中に住んでいます。それからわずか100年ちょっとで、日本人はそれまで絶えず身近に感じてきた文化をほとんど忘れてしまったように思えてならないのです。

特に、自我意識の拡大化と物質的欲望に溺れていく日本社会の傾向は、何としてでも修正しなければならない時代の誤ちです。そして、それが生きていることに対する不平不満を随分と生んでいるような気がします。

いずれにせよ、今回の記事ではある種「普遍的な近代」というものを浮き彫りにしてきたつもりです。

様々なものに当てはめることができる概念になっていると思うので、是非色々と当てはめて自分なりに考えて貰えたらなぁと思います。

次回作はここから読めます↓

(仮題)3.人間と自由〜なぜ人を殺してはいけないのか〜

近代化の特徴

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現代社会のあり方に疑問を感じて、最強のフリーターを志す。東日本大震災を機に自立を決意、2011年起業。現在は海の町で暮らしながら、主に執筆活動・企業コンサル・FX投資などを行い、個人ビジネスの究極形を追求している。波乗りと旅と平和が好き。読んだ人が「何か」を感じてくれて、その人の「何か」が良い方向に向かっていくようなメディアになれば嬉しいです。